2003年
第11号
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「一に浅野、二に田島、三、四がなくて五に伊藤(敬称略)」──これは小紙が選んだ「困った人物ランキング」の上位者である。一と二がパフォーマンスと節操のない知事と田島良昭氏なことは察しがつこう。だが、五の伊藤吉衛・迫町長も町民を憤らせることでは負けてはいない。何しろ自宅前の町道拡幅工事に伴って、詐欺まがいの方法で移転補償費をガッポリいただいて豪邸を建てるという、手練手管の持ち主なのだ。そのテクニックたるや、とても常識では考えられません、ハイ──。
先の4月に行なわれた町長選。伊藤吉衛・迫町長は薄氷を踏んで4選した。何しろ対立候補者との票差はわずか225票。地元では伊藤町長は「有権者の子供が入学、就職すれば『おめでとう』と電話し、町長交際費を使っての冠婚葬祭詣では日常茶飯事。毎日、選挙運動しているようなもの」(町民)とはつとに知られている。そんな「選挙のことしか考えていない町長」(町民)が冷や汗もので辛くも当選したのは、偏に「不徳の致すところによる」(町議)らしい。
昨年あたりから伊藤町長の振る舞いに疑問符がつけられることが頻出してきたのである。曰く町長交際費の公私混同した使い方、昵懇の特定業者への大甘支援、町道拡幅工事を巡る疑惑などである。「無風選挙」と大方の有権者が感じていた町長選に、告示日の数日前に急遽対立候補者が出馬したのも、こうした町長批判の風を背にしてのものだったことは疑い得ない。
これら一連の問題については小紙もこれまで報じてきたが、本紙以外に『月刊パロス迫町版』として2度にわたって掲載・発行してきた経緯がある。中でもこの町道拡幅工事疑惑は「町長が町から自分に移転補償費を支払い、それで新たに豪邸を建てた」ものだが、この移転補償費の金額の高さ、その手続きに奇怪な点があることが浮き彫りになってきた。その後の調査でさらに疑惑が深まったことから、今号で詳述していきたい。
未登記物件も移転補償費に加えた
町道拡幅工事は正確には「町道新田支所線拡幅工事」と言い、迫町新田地区を走る町道を生活道路として拡幅整備し、同時に県道と連結させる目的で計画されたものである。総事業費は約15億円。当初の路線計画では町長宅の背後地を通すもので、国や県からの補助金も充当されることになっていた。だが、この計画はなぜか白紙になり、改めて平成7年度に町の単独事業として(国や県からの補助金はナシ)実施計画に盛り込まれ、路線も町長宅の前を通すように変更されたのである。 町長の宅地が町道拡幅工事に引っかかることから、町は移転補償費を町長に支払うことになった。その総額は6030万円。このうち建物の移転補償料は36坪で4092万円。1坪当たり実に110万円である。宮城県によれば、移転補償費の基準については「坪当たり110万円というのは、文化財的な価値があるものに支払われる額。一般の家屋なら1ケタ少なくなるのが常識」だという。町長宅は法外な価格ということになる。 この点について、小紙は『迫町版』で掲載した。これに対し、伊藤町長サイドは『後援会会報』で「事実誤認だ」として、次のような説明をしている。
「(小紙に)書かれてある内容のうち、個人として伊藤が移転補償費として町から受け取ったのは総額約6030万円。このうち自宅の移転補償費が約4090万円という個所は事実だ。だが、自宅の面積を36坪として計算したため、『1坪当たり110万円』という金額になったようだ。旧宅(移転前の町長宅のこと。以下「旧宅」と記載してあるのは同じ意味)は昭和53年に新築した。そのときの面積は36坪だったが、子供の成長などもあって2度増築し、その結果、補償対象となった移転時の建物は住宅と物置・車庫を合わせて85坪。(小紙に)指摘されたよりも低い坪単価での移転だった」と──。
しかし、これは正しい説明ではない。会報は重要な部分を明らかにしていないのだ。 町長の旧宅は85坪あったのだろうが、平成13年12月21日の建物取り壊し時点(町道拡幅工事のために取り壊したもの)では、登記簿上では「36坪」としか記載されておらず、増築した物置・車庫は未登記だったものである。しかも、1坪当たりの移転補償費が低いことで移転補償総額が下がったかというと、そうではない。会報には「約4090万円は事実」とあるが、ウソである。物置・車庫が加わったために、町長がもらった物件移転補償総額は約5521万円に膨れ上がったのである。
実は町道拡幅工事に伴う町長の疑惑の一つは、この物置・車庫に関するものなのだ。 法務局にある土地登記簿によると、物置・車庫は平成7年6月1日に新築したのち、平成13年12月19日に増築したことになっている。ところが、迫町役場の資料によると、この増築は平成7年8月18日に建築許可申請の受付がされ、着工は同年8月31日、工事完了は同年11月30日と記載されている。
不思議ではないか。建物が建つ6年も前に増築したことになっているのだ。こうした物件登記をする場合は、建築後に土地家屋調査士が現地調査をし、納税証明書・建築確認申請(写し)などの書類に基づいて建物の表示を司法書士などが登記するのが通常である。町長はこうした正式な手続きを踏まないで登記したとしか思えないだろう。
旧宅の一部と新宅を同時期に建てたのか?
なぜ、こうしたことをしたのか。何らかの作為があったことは想像に難くないし、その作為とは次のようなことだと推測できる。
町長宅の前の町道「新田支所線拡幅工事」は、平成7年9月議会で工事の測量設計業務委託のための補正予算1546万円が計上され、1545万円で発注されたものである。物置・車庫の工事期間は前述したように平成7年8月末から同年11月末までである。こうした公共工事計画の際に住民が建築するものに対して、自治体では建築しても取り壊しや移転せざるを得ないために、建築時期を延期するか、建築したとしてもその物件は移転補償の対象にならないことを明記している。同様に未登記の物件も移転補償の対象にはならない。このことはたとえ町長宅であっても特例が認められるわけではない。
行政経験の長い伊藤町長はこうした規定は熟知していたはずである。同時に自宅前の道路が拡幅されること、所有する物件が移転補償になることも知っていた。何しろ拡幅工事事業を最終決定したのは町長自身である。
関係書類の拡大図が開きます
つまり、町長は物置・車庫も移転補償対象にするためには、どうしてもその工事期間を町道拡幅工事の補正予算計上の9月議会前にしておかなければならなかったということだろう。と同時に、登記簿に記載してあったのでは追及される恐れがあることから、ずっと登記せず、建築してから6年後の平成13年12月28日に「平成7年6月1日に新築」と登記したと推測できるのだ。
面白いのはこの日付である。登記簿によれば、町長は移転による新宅を「平成13年12月1日に新築」し、同年12月14日に登記している。一方、物置・車庫の増築は「平成13年12月19日」で、登記日は同年同月の28日である。つまり伊藤町長は新宅と旧宅に付随した建物を、ほぼ同時期に建てたということになる。こんな話があり得るだろうか。誰がどのように考えても、町道拡幅工事に絡めて作為を弄して不当に移転補償費をせしめたとしか考えられないのではないか。
前述した登記手続きに関して言えば、建物が建っていないのに、こうした行為をすることは犯罪になる。土地家屋調査士や司法書士がこうした行為に加担すれば、資格は剥奪されるのだ。同時に、国(法務局)に対しての公文書偽造にも問われる。また、町長宅の移転補償に関しては、測量図面によれば自宅の図面が違ってもいる。このことは詐欺行為に等しいだろう。
一方、伊藤町長にはもう一つの疑惑がある。それはこの町道拡幅工事に伴う土地売買についてである。
移転に伴い、町長は床面積約100坪の新宅を建てた。町民から「伊藤御殿」とも囁かれるほどの豪邸である。町道拡幅工事に伴い、伊藤町長は旧宅地・山林も含めた461・43平方メートルを、平成13年6月21日に町に売却した。坪当たり3万6300円というから、総額約507万円で売ったことになる。
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