水泳・自転車・長距離走の3種目を競うトライアスロンは「鉄人レース」の異名をもつ。
競技の歴史は新しく、初めての大会は1974年(昭和49年)、アメリカのカリフォルニア州サンディエゴ市で開催。その後78年(昭和53年)にハワイ・アイアンマン大会が行なわれた。日本では81年(昭和56年)、鳥取県の皆生温泉が初の大会となったが、一躍浸透したのは85年(昭和60年)から。この年、沖縄県宮古島での大会が全国放送されたことに加え、天草トライアスロン(熊本県本渡市)が、オリンピック種目としての距離(水泳1.5q・自転車40q・ラン10q)を競って開催。これが契機になり、トライアスロン人口は年々増加。現在、日本国内だけで愛好者は20万人を超えると言われる。
2000年(平成12年)のシドニーオリンピック、04年(平成16年)のアテネオリンピックでは正式競技に採用。同年の埼玉国体でも公開競技として行なわれる予定だ。

現在、国内の大会と言われるものは、競技の距離はまちまちながら、全部で150にものぼる。それだけトライアスロンが普及していることになるが、その中でも宮城県は競技者・愛好者につとに知られている。毎年7月の第1週の日曜日に七ヶ浜で開催される「みやぎ国際トライアスロン七ヶ浜大会」は、今年で8回目を数える「ジャパンカップ」のシリーズ戦の一つ。この大会は国際トライアスロン連合ワールドポイントランキング指定大会であると同時に、日本学生トライアスロン選手権の東北大会も兼ねている。
こうした晴れ舞台を招致できた背景には、宮城県トライアスロン協会や七ヶ浜町など関係者の並々ならぬ努力と熱意があったことは言うまでもない。この企画・運営の中心的な役割を果たし、平成4年に設立された宮城県トライアスロン協会の運営を、創設当時から今に至るまで双肩に担っているのが、佐藤嘉剛事務局長である。
佐藤氏によれば、「日本のトライアスロン選手人口は約9千人。宮城県は500〜800人」。現在の主なチームとしては、社会人、大学を合わせて8チーム。このうち大学は東北大、東北学院大、仙台大、東北福祉大の4チームがある。そのほかには東北高と地元・七ヶ浜の亦楽小学校にクラブがあるのみ。競技の歴史が新しいとはいえ、大会のメッカの一つとしては、「まだまだ浸透していない」(佐藤氏)というのも頷ける。 このため協会では「如何にトライアスロンを浸透させていくか」に心を砕いている。その方策として3点を挙げ、数年前から活動中だ。

「第1点としては、一大イベントである七ヶ浜大会をより充実させていくとともに、小学校、中学校のジュニア層を拡大するためのトライアスロン教室を開催していきたい。第2点としては、指導者を増やしていくことです。選手層の拡大には大会のアピールと、競技に親しむ場、それに指導者が欠かせません」(佐藤氏)
ちなみに現在、協会の指導者は10名。「鉄人レース」と言われるだけに経験者が少ないこともあるが、他の競技に比べても指導者が少ないことは歴然としている。
「第3点としては、今後浸透の度合いを深めるためには、今まで以上に行政、町民の協力を仰いでいく必要があります。七ヶ浜大会は七ヶ浜町を知らしめる一大イベントでもあることから、この大会をもっと自立させていきたい」(佐藤氏)
トライアスロン競技の場合、海はもちろん、自転車、長距離走があるため、公道を4時間、完全にシャットアウトしなくてはならない。それだけ大会運営には細心の配慮が要求される。これまで7回もつつがなく行なわれたということは、それだけ地元の協力が手厚かったことを物語る。佐藤氏はそうした努力を肌で感じているだけに、「この大会をもっと町の自慢にしたいし、町おこしの起爆剤にしたい」という思いがある。「七ヶ浜町からトライアスロンのよさを発信していきたいんです」(佐藤氏)。

「鉄人レース」と前述したように、一般に「トライアスロンは過酷なレース」と思われている。だが、佐藤氏によれば、そうではないという。 「泳ぐこと、自転車に乗ること、走ることは、誰でもできることであり、スポーツの原点です。実際、トライアスロンは小学生から70歳代まで、男女問わず参加している。距離も長いものから短いものまで、いろいろコースがあります。要は自分が楽しんで行なえばいいんです。トライアスロンの楽しみはスタート時のワクワクする思いと、フィニッシュした時の達成感で、これは他のスポーツでは得られないものです」
佐藤氏もかつて大会に出場したことがあるが、実はそれ以前は泳げなかったという。また、トライアスロンの3種目はエアロビクスエクササイズ(有酸素運動)であることから、健康な体づくりに寄与することも実証されている。その点からしても今後、競技者・愛好者が増える期待がある。
奇しくも今年、宮城県トライアスロン協会は設立10周年を迎えた。2期目のステップに入った協会の努力が結実するのはこれからである。